「あの。。。ここで寝起きしてるんですよね?」
「うん」
「本当に片付いてますね。。。とても。。。」
「片付いてるんじゃなくて、何もないだろ。部屋に他人を上げたのって初めてだし、誰でも同じ感想抱くかもしれないけど。食事は外で済ませるし、食事そのものにもあまり興味ないしさ。音楽も聞かないからラジオすらない。テレビ全然みないし」
「寝るのは?」
「クローゼットに布団あるから。寝るとき敷くけど」
クローゼットを開けると、そこには一組のふとんがあり、小さなボストンバックといつも来ているスーツが2組吊るされているだけだ。寝巻に使うのだろうスウェットの上下が、折りたたんだふとんの上に乗っている。
「徹底してますね。。。」
「だってさ、いつどうなるか分からないだろ?ヤクザなんて」
「確かに」
「上がってけって言ったけど、お茶もないな。どうして・・・」
自分でも不思議なようだ。俺に部屋にあがって行けと言ったこと自体。
「コンビニで何か買ってきます。ちょっと待っててください」
「いいって」
引き留める浩介の声を背中で聞いたが、小走りで部屋を後にした。近くに24時間営業しているスーパーがあったから、薬缶やマグカップなどと一緒にお茶と紅茶パックを買った。好きかどうか分からないけれど、ココアパウダーと牛乳パックも買う。確か、冷蔵庫もなかったようだったが。
部屋に戻り、薬缶に水を入れてお湯を沸かす。一人暮らしが長いから、家事は一通りできるし、もちろん食事を作ることもできる。だが、軽くとはいっても食事を済ませた後だし、押しかけ女房みたいに、無理矢理食事を作って食べさせる訳にもいかない。たぶん、食事に興味がないのは、ひとりで食べる食事が味気ないのだということは、十分に想像できるのだけれど。
お湯を沸かしココアを入れている俺を浩介は、黙って見ていた。湯気を立てるマグカップに牛乳をたっぷり入れて、浩介の前に置く。しばらく、カップを眺めていたが、両手で温めるように包み込んでココアを飲んだ。
「美味しいな。これ」
微笑み返しながら、作り方を教える。ココアパウダーをカップの5分の1くらい入れて、熱湯を少し掛けてスプーンでかき混ぜる。ダマが無くなるまで練って、熱湯を七分目まで入れ、あとは牛乳を並々と足せば出来上がり。ミルクココアパウダーには若干の砂糖が入っているから、砂糖は追加しない。美味しそうに飲む浩介を眺めながら、一緒に飲んだ。なんか、駆け落ちしてきた若いカップルみたいな心境だった。
「こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、お前の親も最低だよな。あまり詳しくは知らないけどさ、好き勝手に生きて、借金作って、息子の身体で返す約束までして、適当にのたれ死んでさ」
「ですよね。どうして、母があんな男を好きになったのか分かりませんでした。ていうか、好きだったかどうかも分からないんですけど。もしかしたら、勢いで孕まされて、ずるずるって感じだったのかもしれません。酔った父親が暴れるので、俺を庇って、耐えながら泣いてました。定職を持つでもなくぶらぶらして、母がパートで稼いだ、なけなしの金で飲んで、暴れて。。。結局、母は辛い思いだけして、身体を壊して、あっけなく死んじゃいました。でも、ずっと、あんな生活を送るくらいなら、早くに亡くなった方が幸せだったかもしれません。もし生きていたら、俺の代わりに辛い思いをしてたかもしれないし」
「あぁ。最低だよな。ヤクザって」
浩介は、自分が原因でもあるかのように落ち込んでふさぎ込む。確かにヤクザは最低の生き物だ。ひとの生き血を吸って、生きることを当然と考えているのだから。でも、糞みたいな親父ののようなヤクザもいるし、そうするしかなかったと思える浩介みたいなヤクザもいる。浩介は、まだ若いのだから、引き返すこともできるんじゃないだろうか。だが、それは俺が決めることじゃない。
飲んでしまったマグカップを洗い、ミニキッチンに干した。気まずい空気を残すことになるが今は仕方がない。
「もう遅いから、今日は帰りますね。ありがとうございました。それと買ってきたお茶とか紅茶は、お湯を沸かして入れるだけですから、気が向いたら飲んでください」
玄関で靴を履いていると一万円札を手渡された。勝手に買ってきたのだから、断ろうかと思ったが、いつもの拗ねたような顔の浩介を見て考え直した。
「ありがとうございます。かなり多いですけど、頂きます」
深々とお辞儀をして、踵を返した。ドアノブを握ったとき、後ろから浩介が覆いかぶさってきてびっくりした。肩を貸した時にも気づいたのだけれど、きゃしゃに見えるのに、かなりがっしりした体躯をしている。なぜか、ドギマギする自分を発見して、慌てた。
「隆志。辛くないか?大丈夫か」
沈み切った声で囁かれた。辛くないと言えば嘘になる。だが、他に借金を返す手立てがない以上、我慢するしかないと諦めた。
「ありがとう。たぶん、大丈夫。借金を返すまで、ちゃんと頑張れる」
「ごめんな。俺。。。何もしてやれない。。。俺なんかには、何も。。。」
その気持ちだけで十分だった。本当に優しい奴。尻に当たる股間が、若干、膨らんでいると感じるのは、俺の願望なのかもしれない。しばらく、抱かれたままでいた。心臓の鼓動が、浩介に伝わるんじゃないかと焦った。身体を放した浩介にもう一度礼を言って、部屋を後にした。
冷たい夜道をひとり歩いていると、浩介の温もりが背中に戻ってきて、股間が痛くなる。惚れちゃいけないんだって、自分に言い聞かせながら家路についた。