2018年11月9日金曜日

面接01 おかしな面接

一樹は、朝から落ち着かないでいた。株式会社ビッグバンの面接が今日の午後3時からあるからだったが、気になる項目が通知書の最後にあったから尚更だった。
 株式会社ビッグバンは、スポーツ用品などの製造・販売をしている会社で、今回の社員募集は営業販売員だった。新聞の社員募集広告を見て、一月前ほどに履歴書を送った結果、先日、一次の書類選考が通ったという知らせがあった。
 昨今の就職難に加えて、関西経済の冷え込みは特別で、たぶん予想を大きく上回る募集があったに違いない。今ではバブル時期のような条件の良い就職先はあり得ないのだし、少し条件の良いところに就職希望者が殺到するのは当たり前だろう。
 クリーニングしたての紺のスーツを下ろして、白のYシャツとストライプのネクタイといったいかにもリクルートスーツを準備した。20代半ばの年相応に見えるような格好がいい。散髪も昨日済ませ、朝から丹念に髭をあたった。
 一樹は現在、ワインの輸入販売を手がけている某商社に勤めているが、商社と言っても名ばかりで四菱商事や住日商事のような総合商社ではない。大学も一応出てはいるが一流とはほど遠い大学なので、コネを通じて再度、就職先を探すことは困難だった。
 今の仕事が辛い訳ではなく、仕事の量に比べてあまりにも給料が安いことが、新たな就職先を探そうと思い立った理由だった。当然、現在の会社には内緒で就職活動を始めたわけだ。大体において営業はノルマがきつかったり、ある程度の売り上げを上げないと手取りが非常に少ないことが多い。今の会社も基本給が極端に少なく、手当という形で営業成績が反映される。
 体格や運動能力には自信のある一樹であったが、口べたで人付き合いの得意でない性格が営業成績を最低たらしめていた。結果、給料は基本給+アルファ程度で生活していくには非常に辛く、学生時代からバイトで溜め込んでいた貯金を少しずつ食いつぶしているのが現状だった。
 それに比べて面接を受けることにしたビッグバンは、基本給も比較的高く、ノルマ制ではないことが気に入った。スポーツ用品というなじみ深い分野であることも一樹には嬉しかった。履歴書で唯一と言ってよいチャームポイントは、学生時代に獲得した全日本大学水泳選手権での自由形200mの優勝で、その他にも国体で入賞したこともあったし、オリンピックの強化選手候補になったことも秘めたる自負だった。
 面接時の携帯品の中にある筆記用具は簡単な試験でもあるからで、ジャージや運動靴、競パンは体力検査のようなものがあるのだろうと想像した。試験に対する自信はなかったが、一樹にとって体力検査、特に水泳は得意中の得意、一般の人間に負ける気はしなかった。必要な物をスポーツバッグに詰め込み、スーツを身につけて予定の時間よりかなり早くに家を出た。
 御堂筋沿いに住んでいる一樹は地下鉄一本で目的地の天王寺に着くことができる。すんなりと地下鉄に乗れた一樹は予定時間の1時間前である2時には着いていた。とりあえず近くの喫茶店に腰を落ち着け、冷コを頼んだ。夏本番とばかりに照りつける太陽は、地上に住む生物をことごとく焼き払おうと決心したかのように、容赦なく熱波を浴びせかけ、宙に浮く炎よろしく凶暴な怒りを爆発させていた。
 サマースーツとはいっても、アンダーシャツとYシャツに加えて、上着を着込んだ一樹には地獄の業火も斯くの如しと思われるほど耐え難いものだった。噴き出した汗は冷たいクーラーの風にも引くことはなく、氷水を勢い込んで流し込んだことで、さらに吹き出したようだった。汗でべっとりと張り付いたスラックスは、冷風に冷やされて塩さえ噴いていた。上着を脱ぐと、アンダーシャツとYシャツは半透明になって地肌にへばりついている。
 あまりの不快さに一樹は顔を顰めた。作業着やTシャツなどで汗をかいてもこれほど不快にはならないのに、不思議なことだ。ネクタイを外し、Yシャツのボタンも全開にしたいところだが、喫茶店でそんな見苦しい真似ができるわけもないし、面接前にだらけてしまっては受かるものも受からないと我慢した。良く冷やされた冷コを啜り、頭の中で面接のリハーサルを始める。

“ノックをして、相手の返事があってからドアを開ける。
 ドアは後ろ手ではなくて振り向いて締める。
 正面の面接官を見つめながら深々とお辞儀をする。
 進められてはじめて用意された椅子に座る。
 両手は膝の上で軽く握り、背筋を伸ばし、改めて面接官を見つめる。
 答えははきはきと。”

『どうして弊社を選んだのかと問われたら、どう答えるか。。。』
『以前の会社はどういった理由で辞めたのかと問われたら、どう答えるか。。。』
『座右の銘を聞かれたら、どう答えるか。。。』
『イラク問題や北朝鮮問題、青少年の非行など最近の社会的問題を問われたら。。。』

 整理しておくべきことはきりがない。ここしばらくの内で用意した印象の良い答えを思い浮かべながら、一樹は物思いに耽り続けた。壁に掛けられた時計を見てハッとした。既に15分前だ。一樹は慌てて勘定を済ませ、再び上着を着込んで灼熱の砂漠へと踏み出した。唸りを上げる室外機からの熱風や車の排気ガスや騒音が、そして都会の粘度の高い空気が一樹を包み込む。
 しかし、雑音の中に遠くで聞こえる蝉の声を聞いて、少し救われたような気分になった。株式会社ビッグバンのあるビル前に立ち、意外と真新しいことに驚いた。場所柄、古びたペンシルビルだろうと考えていたのだが、1階ホールの天井は高く、外装も内装も白御影石のビシャン仕上げで趣味が良い。2階以上は全てガラスのカーテンウォールで熱戦反射タイプの青いガラスが、意地悪い太陽の放射を跳ね返していた。
 黒いレースの日傘を差し、凛と背筋を伸ばして立つ貴婦人のように、周囲のビルとは隔絶して、そのビルは優雅にさえ見えた。玄関ドアを潜ると別世界のようにひんやりと空調が利き、静かな音楽が流れていた。ビルの趣味の良さはテナントの趣味の良さに通じるように感じて、一樹は少し安心しても良い気がした。
 気合いを入れ一樹は歩を進める。エレベーターを降りると、正面が受付になっていた。
ワンフロアー借りのようだ。受付の女性に来意を告げると、待合室に宛てられた部屋に案内された。既に20名以上の就職希望者が待機していた。誘導されるままに用意されたパイプ椅子に腰を下ろした。部屋の中は静まりかえり、ピンと張った空気が流れている。採用人数は若干名で皆が競争相手なのだから当然だ。
 その後、さらに20数名が加わり、3時時点で男ばかり50名程度が揃った。
「本日はお暑い中、お集まり頂き恐縮です。」
 奥のドアから入ってきた男が、部屋の中を見回しながら話し始めた。
「机に張っております番号の席に移動下さい。まず、簡単な一般教養試験をさせて頂きます。決して難しい内容ではありませんので、ご安心下さい。ただし、成績順に25名の方に次の試験を受けて頂きます。2次試験は、簡単な体力テストです。」
 就職希望者は微かに動揺を示す。いきなり半分に絞るのかと。
「では、試験用紙を表に向けて始めて下さい。制限時間は1時間です。」
 有無を言わせず試験に突入する。筆記用具を準備して、試験問題に取りかかった。意外と簡単な内容で一般教養というよりは一般常識レベルのもので、運が良いのか一樹にもすらすらと回答できるような内容だった。ということは、他の人間もそうであると考えるべきではあったが。
 試験終了後30分が経過して、2次試験を受験できる人間の受験番号が読み上げられた。
幸い一樹は1次試験にパスした。ギリギリの順位ではあった。しかし、合格には違いなく、2次試験を受ける資格がある。番号を呼ばれなかった受験者は、そそくさと部屋を後にした。
「それでは体力テストを行います。運動ができるような服装に着替えて下さい。なお、水泳も含まれますので、体操着の下は水着を着用下さい。」
 1次試験の会場が着替え室でもあった。この際、恥ずかしがっても仕方がないし、大勢の視線の中、水着に着替えることに慣れている一樹は、隠そうともせずさっさと一糸纏わぬ姿になり、着替えた。
 何かしら視線を感じたが、特に気にするでもなく着替え終わる。全員が着替えを終えると、案内された先は、ビルの最上階にテナントとして入っているフィットネスクラブだった。案内係によると経営が同じだということだった。
「それでは、体力テストの内容を発表します。まず、十分な柔軟運動をした後、マシンルームで体力測定を行います。それから、スタジオに移って頂いてエアロビクスダンスを30分間行います。最後はプールで自由形、平泳ぎ、背泳の3種目で、それぞれ100mづつ泳いでもらいます。なお、単なる体力テストではなく、競技中も面接試験官が見ておりますので、面接の一環だとお考え下さい。では、スタジオへどうぞ。」
 案内係が言う通り、面接試験官らしい男が数人、受験者を眺めていた。手にはバインダーと赤ペンが握られており、なにやら試験官同士で内緒話をしている。
「付け加えますが、最終面接に残る人数は10人です。柔軟を始めますので整列して下さい。」
 緊張した面持ちで男達は4列に並び、案内係の指示に従い柔軟体操を始めた。

面接00 プロローグ

                通 知 書

川端一樹 殿
                             平成15年6月25日

 拝啓 貴殿におかれましてはますますご清祥のことととお慶び申し上げます。
 さて、先日、ご送付頂きました申込書に従い、書類選考しましたところ、貴殿が一次選考を通過されましたことを通知申し上げます。
 つきましては、下記の日時で第二次選考の面接を行いますので、必要な用具をご持参の上、ご参加下さいますようお願い申し上げます。敬具

                  記

   日  時:平成15年7月15日 午後3時~
   場  所:弊社天王寺支店 第一会議室
   住  所:大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目○-○第三天王寺駅前ビル5F
   必要な物:筆記用具、ジャージ等運動着、運動靴、水着(競泳パンツ)

以上

                            株式会社ビッグバン
                            人事部人事課