普通なら、この辺で撤退している状況だろうと思う。もし、彼がノンケだった場合、これ以上、彼にしつこくアプローチすると、スタッフに苦情が上がる危険性があった。だが、あまりにも彼は、俺の理想に近く、何よりも纏っている空気感が気になって仕方なかった。
どうやったら距離を縮めることができるのだろうか。スタッフ以外の人とジムで会話している姿を見たことがなかったので途方に暮れてしまう。自宅マンションや買い物をするスーパーも知っているけれど、顔見知りでもない男に声をかけるシチュエーションが思い浮かばない。
ジム帰りに、どうしたものかと思案しながら買い物をしていた。週に3回はジムでトレーニングしているからといって、ささ身ばかりを食べているわけではない。冷凍食品が嫌いで、自分で料理する楽しみがあるから、野菜や魚類、肉類などの素材を買って帰る。大概は、スーパーに並んでいる食材を見ながら、その日のメニューを考える。
茄子とピーマンが安かったから、今日は、麻婆茄子にでもしよう。あと、生姜、ひき肉、ネギを買い足す。一品では寂しいから、副菜に納豆と冷奴を買った。ふと見ると、例の彼が果物の陳列棚で思案顔だ。どうやら、シャインマスカットを買うかどうか迷っている。たしかに、一人暮らしの男にとって、一房は多すぎる。
横に並んで、一緒にシャインマスカットを眺めた。一房、約500gで1800円なり。艶やかな黄緑色の粒が大きく、食べごたえがありそうだ。
「たしかに。。。男のひとり暮らしに、一房は多いなぁ」
つい、ボソリと呟いた。
「ですよね。。。値段は別にいいけど、食べきる前に痛みそうです。。。」
思わずといった感じで彼が受けた。そろりと互いに見合い、ニコリと笑う。それだけで、意思は通じた。
「じゃ。僕が買いますから、半分っこします?」
「いいですか?」
互いの意思を確認して、レジに向かった。
「ジムで一緒の方ですよね?」
レジに並んでいる間に、会話を交わす。
「はい。家も近くなんですね」
「たまに、駅やスーパーでお見かけします」
「お互い男やもめ。。。ですよね?」
「ええ。。。絶賛、独り暮らし。年齢すなわち、彼女いない歴です」
「同じくです。。。」
「え?そんな男前なのに。。。またまたぁ」
「ホントですよ。興味ないし」
マジですか?ワンチャンありですか?それとも、恋愛に興味がないって意味ですか?
とにかく、彼と会話する切っ掛けを得たことに舞い上がる。店員にハサミを借りて、均等になるように房を分け、備え付けのビニール袋に入れて渡した。半分の900円を受け取った。
「じゃ。また、ジムで」
そう言って、互いに会釈して別れた。帰り道の歩調がスキップ一歩手前だったことは言う迄も無い。